利潤を生むこと、ことばにならないこと〜「生きる」と「生きのびる」〜

 「新自由主義」を、ざっくりと「すべてをビジネスとして考える」と云うことだと理解する。

 

 ビジネスとして考えるということは、つまり「儲けを生むか生まないか」ですべてを考えることである。儲けを生むものは「勝ち」であり、儲けを生まないものは「負け」である。生まない部門は「不採算部門」であって、整理の対象となる。そして儲けを生むものが重宝され、利潤が最大限となるよう工夫が重ねられる。

 判断基準は「利潤」という明確なものであり、分かりやすい。悩んだり迷ったりしなくてよい。「合理的」である。「だって、儲かってないでしょう?」と云われたら、何も返すことばはない。

 

 歌人穂村弘は、『はじめての短歌』の中で、「生きる」と「生きのびる」という二つの区分を挙げて見せた。生命として重要なのが「生きのびる」。生命を維持するというために行う行為だ。一方「生きる」、これは生命維持と直接関係はないかもしれないが、我々が人生を「生きる」上でかけがえのないものだ。ちょっとしたよろこび、おかしみ、哀しさ。合理的ではないかもしれないけれども、我々の生命を豊かにするもの、これこそが生きることだよなあ、と思えること。穂村は短歌が描くのは「生きる」ことだとして、この両者の違いを挙げている。

 

 この両者は、相反するわけでもなく、「生きる」ことは「生きのびる」上で成り立つとしている。マズローの三角形みたいなもんだ。「生きのびる」ことがなければ「生きる」は成り立たない。でも、「生きる」ことなくただ「生きのびる」だけでは、どこか虚しい。「強くなければ生きていけない、やさしくなければ生きているに値しない」という名言を思い起こしてもいいだろう。

 

 何を思ったかというと、「新自由主義」というか、利潤のみが優先される世界というのは、ただ「生きのびる」ことにしか焦点が当たらない世界なんだなあ、ということです。

 貨幣に価値が一元化され、それですべてを図る。貨幣でなくても、量的価値観ですべてが支配されると、何か一元的なものの見方をしてしまうようになる。食べログ評価3.01と3.05では3.05のほうがおいしい、みたいなもんです。

 食べログ評価というと卑近になるけれども、でもそうした価値基準でものを考えてしまうことは少なくない。というか、いつの間にか入り込んでいる。「pixivランキングに一喜一憂するお絵かきさん」というのはおられるし、「ファボしてもらえる(=お気に入りをつけてもらえる)けれども、○○さんのほうが圧倒的に多いからやっぱり自分はダメだ」という発言は何も珍しくはない。Twitterのフォロワー数とか。フォロワー数を誇る人って、なんか、ドラゴンボールの戦闘力みたいに思ってはりますよね、あれ。

 

 えーっと、閑話休題

 

 数値に置きかわる世界も、「生きのびる」ためには大切だと思う。我々の多くは利潤を上げることを目的とした「会社」という組織体に属し、そこでは「利潤が上げられる方がえらい」となる。それも、一つの価値観です。

 しかし、それだけで私たちは「生きる」ことができない。「生きる」のは、そうした「生きのびる」世界をベースに、しかしまた質の違うことで成り立っている。そしてそれは、質的に測定される世界なので、その様態を指し示すのは困難だし、そしてあまりにも多様だ。

 

 この、質的世界の「語る難しさ」は、新自由主義的な考え方が席巻している現代において、殊更極まっていると思う。利潤が利潤を生むというか、数字になるものはよりどんどん数字として明確化されていくのです。ところが、質的世界、手触りの世界というのは、語るのが困難なので、明確化しにくい。「えーっと、うーんと」という言いよどみの中に見えてくる事柄もあるのだけれども、とても時間がかかる。

 と、「時間かかるの? じゃあ後回しね」となって、どんどん数字の世界が繰りひろげられ、それに圧倒されて自分自身もその価値が見えなくなっていく。

 

 谷川俊太郎に「みみをすます」という詩があるが、聞こえないもの、聞こえるはずのないものにとことんまで耳をすます。出来事を語り、あったことを説明しているのだけれども、でもその時に自分がどう感じたかはことばにできない人がいる。そのことばにできない事実に、かなしさに耳をすます。ことばにできないなら存在しないと見なすのではなく、ことばにすることを置き去りにされてきた感情があるのではないかと耳をすます。耳をすまされることがなければ、なきものとされてしまうのではないかとの不安におののきながら、でも、「あるんでしょう」とまなざしをそそぐ。

 ことばにならないけれども確かに存在し、ことばになる時を待っているあれこれに、耳を傾けつづけたいと思う。これは、私なりの新自由主義へのプロテストだ。

 

 

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